はじめに
通達が法令の趣旨に抵触する場合、そのような通達を判断基準としなくてもいいのは当然、と言いたいところですが、現実はそう簡単にはいかないようです。
東京高裁平成30年7月19日判決
取引相場のない株式(非上場株式)の評価に当たり、東京高裁平成30年7月19日判決は、通達が法令の趣旨に抵触する場合に、通達の規定文言を重視した判断を下しています。
同判決では、個人Aが法人Bに対し、個人Aが有する株式を譲渡するに当たり、その譲渡価額を如何に評価すべきか、という点が問題となりました。具体的には、個人Aが譲渡した株式が配当還元方式により評価される「同族株主以外の株主等が取得した株式」の一類型である財産評価通達188(3)の株式に該当するかどうか、という問題です。
関連する通達の規定は次のとおりです。
所得税基本通達59-6(改正前)
・・・原則として、次によることを条件に、・・・財産評価基本通達・・・の178から189-7まで(取引相場のない株式の評価)の例により算定した価額とする
- 財産評価基本通達188の(1)に定める「同族株主」に該当するかどうかは、株式を譲渡した個人の当該譲渡直前の議決権の数により判定する。
財産評価基本通達188
・・・「同族株主以外の株主等が取得した株式」は、次のいずれかに該当する株式をいい、その株式の価額は、(配当還元方式)による。
(1)・(2)・・・略・・・
(3) 同族株主のいない会社の株主のうち、課税時期において株主の1人及びその同族関係者の有する議決権の合計数が、その会社の議決権総数の15%未満である場合におけるその株主の取得した株式
(4)・・・略・・・
上記通達の規定ぶりからすると、所得税基本通達59-6(改正前)(1)では、「株式を譲渡した個人の当該譲渡直前の議決権の数により判定する」場合を財産評価基本通達188(1)に限定し、同188(3)を除外しているように読めます。また、同188(3)では「取得した」とあることも併せて鑑みれば、譲渡直前の譲渡者(個人A)の議決権の数ではなく、株式の取得者(法人B)の取得後の議決権の数割合により判定すべきように読めます。
その場合、取得者(法人B社)の取得後の議決権割合は15%未満であったことから、本件株式は同188(3)の株式に該当し、配当還元方式により評価することが可能となります。東京高裁平成30年7月19日判決も、このような考え方に基づいた判断を下しました。
しかしながら、そもそも財産評価基本通達188(3)は、相続税・贈与税の賦課に当たっての株式の評価方法を定めたものであり、相続税・贈与税は相続等により財産を取得した者に対し取得した財産の価額を課税価格として課されるものであるため、その文言も、株式取得後の取得者の議決権の数により判定する内容となっています。
それに対し、本件で問題となっているような譲渡所得課税は、資産の値上がりにより資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算するのが趣旨であり、株式を取得した者の会社への支配力は譲渡人の下で生じている増加益の額には何ら影響を与えないものです。
このような相続税と譲渡所得税との制度趣旨等の違いからすれば、財産評価基本通達188(3)の判定に当たっても、株式の譲渡前の譲渡人の議決権数をもって判定すべきこととなります(なお、その場合、譲渡直前の個人Aとその親族らの議決権割合は15%以上となることから、本件株式は同188(3)の株式に該当せず、配当還元方式ではなく類似会社比準方式により評価することとなります)。
最高裁令和2年3月24日判決
かかる観点から、最高裁令和2年3月24日判決は、東京高裁平成30年7月19日判決を破棄した上で控訴審に事件を差し戻しました。
同判決では、宇賀克也最高裁判事及び宮崎裕子最高裁判事の補足意見が付されており、いずれの補足意見においても、租税法規の解釈は原則として文理解釈によるべきであるとしても、通達は法規命令ではないから租税法規と同じ意味で文理解釈によるべきとはいえないこと、所得税法基本通達59-6の「例により」等の定めは相続税と譲渡所得に対する所得税との相違に応じた適切な修正が予定されており、本判決のような読み替えが通達の文理に反するものでもないことが指摘され、東京高裁平成30年7月19日判決を批判しています。
弁護士 米倉裕樹